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第39話 ツボルト迷宮の主
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「オルグを憎む理由は何だ」

「あたしがやらされたきたない仕事の半分は大クソ野郎の命令でしたし、実に心温まる扱いをしてくれましたからね。それに、クソ野郎だけを始末したら、あたしは一生ベンチャラー家の刺客に追われるかもしれないじゃないですか。やるからにはベンチャラー家に破滅してもらわないとね。それでこそ正しい恩返しってもんです」

「なるほどな」

「それで旦那、教えてくださいよ。ゾルタンの旦那は今、どこなんです? それとも、もしかしたら」

ぽっちゃりが、笑顔を消し去って目をみひらいた。奈落のような目だ。

「ほんとに殺しちゃったんですか?」

普段が無邪気で人のよさそうな顔をしているだけに、悪意をにじませた今の顔はひどく不気味で奇怪にみえる。

「ああ」

突然、ぽっちゃりは体全体を大きく揺らしながら、狂ったように笑い始めた。

「はあーっはっはっはっはっ。いやいや。これは、これは。なんてこった。すいません。すいませんねえ、旦那。あたしのせいで、旦那は同郷の友達と殺し合うことになっちまったんですか? はあっはっはっはっ。いやいや。こんな申し訳ないことはない。心から謝りますよ。はっはっはっはっ」

ひどくかんに障る笑い声だ。

それまでは白けた気持ちでぽっちゃりの打ち明け話を聞いていたレカンだが、高笑いを聞いているうちに、にわかに怒りが込み上げてきた。

(オレとゾルタンは、こんなやつの思惑に踊らされて殺し合ったのか?)

ふくれ上がった怒りは、たちまち殺意に変わる。

右目から鋭い光を放ち、ぽっちゃりをにらみつけた。

そのときである。

心のなかに声がした。

《いい戦いだったと思わないか》

ゾルタンの声だ。

《わしはお前さんと酒を飲んだ夜、人生最後の戦いの相手はお前さんがいいと思った。お前さんもわしと戦いたいと思ったはずだ》

そんなことがあるだろうか。レカンはゾルタンに呼び出されたとき、戦いたくないと思っていたはずだ。

だが、戦いたくないと思う一方で、戦うとすればどんな戦いになるだろうかとわくわくする自分がいたことは否定できない。迷宮の空き部屋で装備を調えているときも、期待に胸をふくらませていなかったとはいえない。そして何より、ゾルタンが戦うつもりだと知ったとき、逃げることもできたのに、逃げなかった。

そうだ。

結局レカンもゾルタンと戦いたいと、心の底で強く思っていたのだ。

《わしらは戦いたいと共に願った。その願いは神々に聞き届けられ、戦いの場が用意された。気の毒じゃないかグィスランは。わしたちの戦いを準備するため、呪いにかけられたんだぞ》

(それは順番がちがうだろう)

《運命神もわしたちの戦いをみたいと思ったのさ。だからあらかじめ〈ガルゴイの呪符〉の確率を操作して、グィスランという駒が準備された》

(いや、しかし)

《考えてみろ、レカン》

(何をだ?)

《わしとお前は共に戦いたいと願い、その願いはかなえられた》

(そうだな)

《グィスランは自由でいたいと願ったが、奴隷同然の境遇で何年も過ごさねばならなかった》

(ああ、そうだ)

《つまりわしとお前の運命はゆがめられていない。やつの運命はねじ曲げられた。かわいそうなやつじゃないか》

(はは。そうだな。かわいそうなやつだ)

《自分の生き方ができさえすれば、ほかのことはどうでもいいじゃないか》

たぶん、ゾルタン自身が、まさにそうだった。レカンと戦えとトログに言われたとき、ゾルタンはあっさりと承諾したはずだ。トログの思惑など関係なかったのだ。目の前に現れた運命を迷わず選択しただけなのだ。

《レカン。人の言葉に一喜一憂したり、人の思惑にあれこれ思いをめぐらせたりするのはやめておけ。自分の身に起きたことや自分のやったことにどんな価値があったかは、自分で決めるんだ。人に決めさせるなんてばからしいぞ》

本当にそうだ。

そもそもぽっちゃりの言うことなど、どこまで本当かわからない。本当だとしても、それをもってあの戦いをおとしめてはならない。あれが素晴らしい戦いだったということは、レカンにとって揺るがない真実なのだ。大事にすべきはそこなのだ。

(ああ、まったくだな)

《他人が自分のことをどう思うかなんて気にすることはないぞ。人にこうみられたいとかああみられたいとか、誤解されたくないとか、誰かの思惑に乗せられたと思われるのはいやだとか、そんなことを思い始めると自分で自分を縛ることになる。自由に生きてこその冒険者だろう》

(これからは、そうするよ)

《言いたいやつには言わせておけ。思いたいやつには思わせておけ。それが気にならないのを自由というんだ》

(あんたの言う通りだ。よくわかった)

《わかってくれたんならいい。じゃあわしは行くよ。さらばだ》

(ああ。またな)

レカンはあらためてぽっちゃりをみた。

身をよじり、目尻に涙を浮かべながら、まだ笑い転げている。

あわれなやつだ、と思った。

「お前も大変だったんだな。ま、自由になれてよかったじゃないか」

「へ?」

ぽっちゃりは、笑うのをやめ、きょとんとした顔をした。

ふと思った。

どうして今になってぽっちゃりは、レカンの前に姿を現したのだろう。どうして自分がレカンとゾルタンの戦いの原因を作ったなどと告白したのだろう。そんなことをすればレカンに殺されるかもしれないのに。

殺されてもいいと、この男は思っているのだ。殺されてもいいから、人を驚かせ、人から憎まれたいのだ。貴様のせいかと憎まれることで、この男は生きている実感を得るのだろう。

「じゃあな。元気で暮らせ」

「あ、ちょ。えっ? えっ? えっ?」


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